さらにホワイトデーといえばお約束の、アレでソレなわけですごめんなさい('∀`;)
日ごろから寡黙なシュラであるが、今日は朝から一言も口を利かぬほど悩んでいた。
というのも、本日はホワイトデーと呼ばれる日本の行事日。
聖域に本来そのような風習はなかったが、日本育ちの女神へバレンタインチョコの返礼をする以上、同じように贈り物をくれた他の人間を無視するわけには行かないのだ。
情熱の国スペインに生まれたシュラが、想いを篭めた返礼の品を思いつかぬわけではないのだが、一般的な常識内の返礼を黒サガに当てはめて良いものかが判らない。
そう、シュラの悩みの種は、黒サガのことだった。
あの黒サガが、バレンタインの折に自分へ花をくれたというだけでも想定外の出来事で。
その時の事を思い返すと、知らずまた顔が赤らむのが判る。
黒サガにとっては深い意味など無いであろう気まぐれでも、シュラにとってはかけがえの無い一瞬だったのだ。
護るべき大切な相手として仕えてきたサガへの気持ちが、花を介して報われた気がして、だからこそシュラは自分の返礼が相手にとって重くならぬよう悩んでいた。
そもそも黒サガは返礼など全く期待しておらず、忘れているかもしれない。
では、何も贈らないというのはどうだろうか。受け取ったのは花だけだし、敢えて返礼するほどのものでもない。
しかし、あのプライドの高い黒サガのこと。女神へのみお返しを贈ったりしたら、シュラに対して冷たい目を向けてくるかもしれない。だからといって女神と同じものを返すのも躊躇われる。ましてや、畏れ多くも女神への御礼以上の物を黒サガに返すのはどうだろう。彼にどう思われるだろうか。ぐるぐるぐる。
第三者からみると、ほとんどまったく無駄な心配としか言えないわけだが、真面目なシュラの悩みは朝から止まる事はなかった。幸いだったのは、シュラが普段から渋い燻し銀的な印象を持たれる男であったために、まさかそんな下らぬ事で朝から真剣に悩んでいるとは、誰も受け止めなかった事だ。
日が傾く頃になって、ようやくシュラは黒サガに貰ったのと同じ品を返そうと思い立った。
考えすぎて360度巡ったあげく、元の位置に帰ってきたような結果だが、とにかくシュラは薔薇を買ってきた。ただし、黒サガに貰った白薔薇ではなく、艶やかな真紅の薔薇を。
意を決して双児宮へ向かうと、顔を出したのは白サガだった。
「こんばんは、シュラ。何か用だろうか」
万人向けのその笑顔を見て、シュラはくじけそうになりながらも、思い切って黒サガに用があるのですと告げる。白サガは首を傾げたが頷き、一瞬の後にはその髪が闇の色に染まっていった。
突然表に引きずり出された黒サガは、珍しく目をぱちくりとさせていたが、直ぐにいつもの鋭い眼光でシュラを睨んだ。
「いったい何の用だ」
シュラは、持っていた花束を黒サガに手渡した。そして、出来るだけ何気なさを装って告げた。
「世話になった者には、渡すのでしょう…私も貴方には、世話になっていますから、バレンタインの時に渡せなかったこれを、貴方に届けにきました」
黒サガは信じられぬものを見るような目をした。
「これは『私』へのものなのか?」
「他にどなたがいるのですか」
「…もうひとりの私にではないのか」
「何故そのように思うのですか」
バレンタインでシュラに薔薇を手渡したのは黒サガであるというのに、その彼は何か戸惑っている。黒サガはシュラに向かってその戸惑いを吐き出した。
「私は、こういったものを人から貰った事など無い」
シュラは、かつて世界を奪い手中に収めようとした己の主が、他者からは何も受け取ったことのない人間であることに改めて気がついた。
いや、実際には白サガだけでなく黒サガに対しても、大勢の想いが向けられている。年中組しかり、カノンしかり、女神しかり。
しかし、目に見える形として与えられたことはなかったため、黒サガにはそれを理解出来なかったのだ。
シュラはゆっくりと黒サガに近づいた。
「それは、貴方が気づいていないだけです」
自分が一線を踏み越えようとしているのがわかる。しかし止められなかった。相手が何か答える前に、シュラはその唇を自分の唇で軽くふさぐ。
どうにれもなれと、シュラは胸のうちで呟いた。
====================================