LC双子とカノン&サガ同居設定での前編
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教皇宮での仕事を終えて双児宮へ戻ってきたサガは、居住区エリアのリビングへ足を踏み入れたとたん、目を大きく見開いて立ち止まった。
リビングには大きめのソファーと、セットになった脚の低いテーブルが中央に置いてある。
そのソファーを、カノンとアスプロスが陣取っていたのだ。
それだけならば特に驚くには当たらないのだが、我が物顔で横たわる先代双子座アスプロスは、カノンの膝に頭を乗せていた。カノンはアスプロスの髪を撫で、時折ドライフルーツを摘んでは口元へ運んでやっている。アスプロスはパラパラと雑誌をめくっては流し読み、注意を引く記事があると指をとめてゆっくり目を通している。
表紙を見ると自然科学関連の雑誌のようだ。
「喉が渇いた」
雑誌に目を落としたままアスプロスが言うと、カノンが応じる。
「何が飲みたい?」
「珈琲を。酸味の強い奴がいい」
「ではキリマンジャロで」
淀みなく会話が交わされ、カノンはそっとアスプロスの頭を下ろし台所へ去っていく。
サガはまだ入り口に唖然と立ったままである。
「帰宅早々、何を呆けている」
ようやくアスプロスがサガへと声を掛けた。
「カノンが…」
「ああ、お前の弟を借りているぞ」
堂々と言われると、自分が何にそこまで驚いたのか判らなくなり、サガは口ごもった。
カノンが他人に膝を貸すなど、サガの中では天と地がひっくり返ってもありえないという印象だったのだが、それは単なる思い込みであったのかもしれない。
同居人と仲がいいのは良いことだし、親密すぎるように見えたのも…知らないところで二人が仲良くなっていたことに驚いただけだと、サガは自分を落ちつかせる。
そうしているうちに、珈琲の香りが漂ってきた。カノンの淹れた珈琲はとても美味しい。中挽きの珈琲豆をペーパードリップに入れて、むらなく均等に熱湯を注ぐ、その加減が上手いのだ。
すぐにカノンは珈琲カップを手にして戻ってきた。来客用にしまってあった、ウェッジウッドのセレスティアルゴールドだ。カノンはそのカップをアスプロスの前へ置き、再びソファーへと腰を下ろす。
サガは目を瞬いた。
(カノンが、アスプロスの珈琲しか…わたしの分を持ってこなかった)
別に自分は珈琲が飲みたいわけではない。ただ、いつもであれば、飲み物を用意するときには、モノのついでだと素っ気無く言いながらも、サガの分を一緒に用意してくれたのだ。
考えてみると、カノンはいつも仕事から帰ったサガには「おかえり」と声をかけてくれるし、夜食をどうするか聞いてくれる。
それなのに、今夜のカノンはサガよりもアスプロスを優先しているように見える。
その事に気づいたサガは、自分が思った以上にムっとしたことに驚いた。
サガの心情になどお構いなく、アスプロスは珈琲に口をつけ『まあまあだな』などと評している。アスプロスがカノンの肩に腕を回して引き寄せ、寄りかかるためのクッション代わりにているのを見て、サガの視線は無意識に非難がましいものになっていた。
サガの視線がカノンに向けられると、それまでサガを気にも留めていないように見えていたカノンの表情が、少しだけ動く。
「サガ…」
何かを言いたそうにしているのだが、その後の言葉が続かない。
微妙な空気が流れているところへ、今度はデフテロスが帰ってきた。
「………」
やはりサガと同じように入り口で立ち止まり、アスプロスを見ている。
アスプロスは、デフテロスに対しては親密そうに声をかけた。
「おかえり。お前にも飲み物を用意させようか?」
「……いらん」
しかし、珍しくデフテロスは兄の申し出を断った。いつも兄の言うことならば、何でも喜んで受け入れている彼にしては珍しい対応だった。どこか(これも非常に珍しいことに)声のトーンが冷たいようにも聞こえる。
サガが会話に割り込んだ。
「待たないか。『用意をさせる』とはどういうことだ。カノンにさせるつもりか」
「お前の弟のほうが、俺よりは美味い飲み物を用意出来るからな」
「そういう問題ではない!カノンは小間使いではないのだ、自分で淹れれば良かろう!」
サガとアスプロスが言い合っている間に、デフテロスはその横をすり抜けて台所へ向かった。そのまま台所で何かをしていると思ったら、ハーブティーの入ったカップを3つ銀盆へ乗せて戻ってくる。
デフテロスはそれを黙ったまま、サガとカノンと自分の前に置いた。
「飲むといい」
「…あ、ありがとう」
サガは礼を言い、とりあえずそのカップを手に取る。アスプロスがショックを受けたような顔をしていたが、お互い様だとサガは思った。ハーブティーはレモンバームとミントのブレンドで、気の立ちかけていたサガの心を緩やかに溶かしていく。
落ち着いてくると、カノンが何故アスプロスの言うことを聞いているのか疑念がわく。カノンは良くも悪くも簡単に他人の言うことを聞くような性格ではない。
横で、ぼそりとデフテロスが呟いた。
「兄さんは、身の回りの世話をするのが俺でなくても、いいのだな」
ただでさえ微妙な空気であったその部屋の温度が、一気に氷点下まで下がった。
火の気質を持ち、溶岩まで操るデフテロスが作り出す氷点下の空気は、滅多にないことだけに重く、俺様なアスプロスも多少慌てているのが判る。
「そのような事はない。今日はお前が出かけていたゆえ、些事はこの者にさせようと思って」
「カノンの淹れた珈琲のほうが美味そうだしな」
「い、いや、俺はお前のハーブティーの方が…デフテロス、いったい何を怒っているのだ」
「怒ってなどおらん」
そう言いながら、デフテロスはアスプロスと視線を合わせようとしない。立ったまま、自分の淹れてきたハーブティーを一気に飲み干している。アスプロスのほうは弟の機嫌をとるようにそれを見上げた。
「カノンに幻朧魔皇拳をかけたことが気に食わなかったのか?」
「なんだと!!!!?」
とんでもない台詞を聞いて、それにはサガの方が反応した。
「今なんと言った」
「煩いな、先ほど言ったろう。雑用をさせようと思ったのだが『ものを頼むときには頭を下げろ』などと撥ね付けられたのだ。面倒ゆえ意思を奪った」
「貴様、そんな下らぬことでわたしのカノンに…」
ガタンとサガが立ち上がる。ハーブティーで凪いだ気持ちなどいっぺんに吹き飛び、震えるほどの怒りがマグマのように煮えたぎる。その場で殴りつけなかったのは私闘禁止の掟が科せられているからで、しかし、そんな抑制などすぐに弾けとびそうな状態であった。
幻朧魔皇拳は、技をかけた者以外が解除しようとする場合、誰かが目の前で死なねばならない。サガは奥義の習得者であるものの、それでも強引にカノンの洗脳を解くのは危険であった。下手をするとカノンの精神に傷が付くことがあるからだ。
「今すぐカノンの洗脳を解け」
低く宣告するサガへ同調するように、デフテロスが冷たく言い放つ。
「俺は部屋へ戻らせてもらう」
「ま、まてデフテロス。カノンは自由にするから」
アスプロスがカノンの額に指をあて、幻朧魔皇拳を解除するも時は遅く、デフテロスはさっさと自室の方へと去っていってしまった。
その場には髪の色を黒くさせかけているサガと、まだ頭を振って意識を落ち着かせようとしているカノン、そしてデフテロスの去った方向をびっくりした様子で見送っているアスプロスが残されたのだった。
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今日は声が出なくて大変でした(>ω<;)しかして早く寝ようと思っていたのにうっかり夜更かしを…夜更かしをしたくせにやっぱり眠くてご返信は明日でもいいでしょうかとか駄目すぎる…すみません(汗)