星矢関連二次創作サイト「アクマイザー」のMEMO&御礼用ブログ
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あたたかくて良い気持ちであった。
そのまま眠りに沈んで行こうとしたところで、右肩が何かに触れる。
壁を背にして腰掛けていたのだが、うたた寝のせいで身体が傾いだらしい。
薄目をあけると、銀の瞳が見えた。タナトスだ。同じように腰を下ろし、肩を並べている。その肩へ寄りかかる体勢になってしまっていたのだ。
慌てて身体を起こそうとすると「構わぬ」との返事。珍しいことである。常ならば、人間が触れることすら許さぬ気性なのだ。機嫌がよいのだろうか。
「仕事だ」との声が返った。働いているようには見えない。
空にはぼんやりと宵の月がかかり、あたりには一面に花が咲きみだれている。するとここはエリシオンか。
そういえば、昼間に星矢へ勉強を教えているとき、冊子にこんな一句があった。
”願はくは花の下にて春死なむ”
そのときに思い起こしたのが、この場所だ。
釈迦の入滅にも絡む歌ゆえ、本当は処女宮にあるあの菩提樹の園のような景色を思い出すのが正しいのかもしれないが、ギリシア人の自分からすると、こちらのほうが馴染み深い。
心やすらぐ場所で、平安のまま死ぬことが出来るのは、最上の幸福だと思う。
タナトスの肩を枕に、ゆっくりと再び目を閉ざそうとしたとき、耳元で羽虫の飛ぶ音がした。虻でも蚊でもない、もっと小さな、それでいて不快な音だ。
タナトスもそれに気づいたのか、手で払おうとしている。
神でも虫を払うのに神力ではなく手を使うのかと思ったら、眠いのに可笑しくなって笑みが浮かんだ。
迷宮を周囲に張ってしまおうか、そうすれば虫など

しかし声のかわりに出たのは空気の泡で、気づけばわたしは湯の中にいた。
いつのまに倒れこんでいたのか、湯を気管支に吸い込みそうになり、慌てて身体を起こす。
顔を水面へ上げれば、そこはいつもの浴場であった。
疲れていたとはいえ、風呂場で夢を見るほどうたた寝するなど、そして湯に沈んでも気づかぬなど、黄金聖闘士としてあるまじき体たらくではなかろうか。
頭の中でもうひとりのわたしが何やら怒鳴っている。いくら風呂好きとはいえ、湯船で死ぬような恥さらしはごめんだ、とのこと。その通りなので黙って聞いておく。頭の中で羽虫が飛んでいるようだ。しかし、起きていたのならわたしと交代して風呂から上がってくれればよかったのに。
立ち上がって脱衣所へ向かう。
落ち着いてみると、何の夢をみたのかは思い出せなかった。


「タナトスよ、お前の仕事を止めはせぬが、私の領分を使って女神の聖闘士へ手出しをするのは越権だ」
眠りの神であるヒュプノスが主張する。苦言のように聞こえるが、ヒュプノスはいつもこのような言い回しをしており、タナトスへの怒りを示すものではない。
タナトスは鼻で笑ったが、これもまたヒュプノスを軽んじてのものではない。
「仕方があるまい、あの男が夢を通して俺を呼んだのだから」
「久しぶりだな」
「ああ」
自死をしたサガは、13年間死を請い願い続けたが、聖戦後、アテナによって蘇生がなされて後は、その願いも控えられていた。
星矢への教鞭で使われたテキストによって、つい死への憧憬が沸き起こったものの、本人に自覚はないまま、ただタナトスが喚ばれたのであった。
「深淵を覗くならば、深淵もまた等しく見返すものだ。人が俺を望む時、俺はいつでも傍にある」
「…随分と人間に親切ではないか」
「お前も言ったろう。これは仕事だ。親切にしているつもりはない」
タナトスは腰を下ろしたまま、目の前に立っていたヒュプノスの手を掴んで引き寄せた。
もう一人のサガの声を、夢のなかまで届けたのはヒュプノスの力に他ならない。ヒュプノスはため息を零して、タナトスの横へ座る。先ほどまで、サガのいた位置へ。
「聖闘士に手を出すとアテナが煩いぞ」
「ふむ。お前がそう言うのならば考慮しよう、ヒュプノス」
寄りかかってきた兄弟の重みを感じながら、タナトスは軽くあくびをした。
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