星矢関連二次創作サイト「アクマイザー」のMEMO&御礼用ブログ
それでも最初は平穏な空気だったのだ。
黒髪のサガが尋ねてきた時、アイオリアは驚きはしたものの、もうひとりのサガへするように挨拶をして迎え入れた。過去をなかったことには出来ないものの、恨みつらみに拘るよりも、辛酸を糧とした今の自分を誇りにして、真っ直ぐに前を見て行こうと決めていたのだ。
平穏でなくなったのは、サガの一言からだった。
「わたしと寝てみる気はないか」
「は?」
何を言われているのか理解するまでに時間が掛かったのは、決してアイオリアののみこみが悪いせいではない。それくらい突拍子もない言葉であっただけだ。
「わたしの浮気の相手をしろ」
「浮気……?タナトスはどうした」
「エリシオンにいる」
「本気なのかどうか知らぬが、おまえの夫だろう」
「フン、その夫から離縁を言い出された。それゆえにわたしの価値を見せ付けてやろうと思ってな」
鼻で笑うサガと対照的に、すうっとアイオリアの目が細くなる。
「俺を馬鹿にしているのか」
闇のサガは何故アイオリアが怒っているのか判らない。怒っていることすら判っていないかもしれない。
「このわたしが誰かを誘うなど、滅多にないことなのだぞ」
「汚らわしい」
アイオリアもまた、こちらのサガの思考回路に慣れていない。それほど親しくもない。そのため、言葉の奥の真意を汲み取るような芸当は出来なかった。
よって会話は平行線だった。
黒サガはきょとんとすら見える表情でアイオリアを見る。
「わたしは、汚らわしいか」
「冥界の悪神などと通じているだけでも汚らわしいのに、操すら立てられんのか。おまえは誰でもいいのか?その堕落した因業に俺を巻き込むな!」
「誰でもいいわけではないぞ」
サガがタナトスとの結婚生活で身に付けた習慣の1つに、『嘘をつかないこと』がある。タナトスは自らの前で人間が偽ることを嫌い、また大概の思考は神の前で隠そうとしても無駄である。寝ぼけて大らかに虚言を流したポセイドンと違い、タナトスは婚姻まで結んだ相手の嘘を許さないだろう。
だが、本音を漏らさぬこちらのサガが口にする言葉は、嘘ではないけれども真実でもなかった。
「おまえは、アイオロスに似ているからな」
これが、アイオリアの怒りを決定的にした。
アイオリアは物も言わず黒サガの胸ぐらを掴むと、そのまま引きずるようにして扉の外へ叩きだす。それきりサガに扉が開かれることも声がかけられることもなかった。
「……なにが、不満なのだ」
自分の言葉がアイオリアを傷つけたことは察したサガであったが、何がいけなかったのか、聡い頭脳を持ちながらさっぱり判らないのであった。
当然、自分が傷ついたことには全く気が付いていなかった。
黒髪のサガが尋ねてきた時、アイオリアは驚きはしたものの、もうひとりのサガへするように挨拶をして迎え入れた。過去をなかったことには出来ないものの、恨みつらみに拘るよりも、辛酸を糧とした今の自分を誇りにして、真っ直ぐに前を見て行こうと決めていたのだ。
平穏でなくなったのは、サガの一言からだった。
「わたしと寝てみる気はないか」
「は?」
何を言われているのか理解するまでに時間が掛かったのは、決してアイオリアののみこみが悪いせいではない。それくらい突拍子もない言葉であっただけだ。
「わたしの浮気の相手をしろ」
「浮気……?タナトスはどうした」
「エリシオンにいる」
「本気なのかどうか知らぬが、おまえの夫だろう」
「フン、その夫から離縁を言い出された。それゆえにわたしの価値を見せ付けてやろうと思ってな」
鼻で笑うサガと対照的に、すうっとアイオリアの目が細くなる。
「俺を馬鹿にしているのか」
闇のサガは何故アイオリアが怒っているのか判らない。怒っていることすら判っていないかもしれない。
「このわたしが誰かを誘うなど、滅多にないことなのだぞ」
「汚らわしい」
アイオリアもまた、こちらのサガの思考回路に慣れていない。それほど親しくもない。そのため、言葉の奥の真意を汲み取るような芸当は出来なかった。
よって会話は平行線だった。
黒サガはきょとんとすら見える表情でアイオリアを見る。
「わたしは、汚らわしいか」
「冥界の悪神などと通じているだけでも汚らわしいのに、操すら立てられんのか。おまえは誰でもいいのか?その堕落した因業に俺を巻き込むな!」
「誰でもいいわけではないぞ」
サガがタナトスとの結婚生活で身に付けた習慣の1つに、『嘘をつかないこと』がある。タナトスは自らの前で人間が偽ることを嫌い、また大概の思考は神の前で隠そうとしても無駄である。寝ぼけて大らかに虚言を流したポセイドンと違い、タナトスは婚姻まで結んだ相手の嘘を許さないだろう。
だが、本音を漏らさぬこちらのサガが口にする言葉は、嘘ではないけれども真実でもなかった。
「おまえは、アイオロスに似ているからな」
これが、アイオリアの怒りを決定的にした。
アイオリアは物も言わず黒サガの胸ぐらを掴むと、そのまま引きずるようにして扉の外へ叩きだす。それきりサガに扉が開かれることも声がかけられることもなかった。
「……なにが、不満なのだ」
自分の言葉がアイオリアを傷つけたことは察したサガであったが、何がいけなかったのか、聡い頭脳を持ちながらさっぱり判らないのであった。
当然、自分が傷ついたことには全く気が付いていなかった。
そのとき、デスマスクは珈琲を挽いているところであった。
良い豆が手に入ったので、午後の一服を楽しもうとしていたのである。
そこへ突然現れた黒髪のサガを見たときの感想は『タイミングいいなあ』であった。
デスマスクの印象として、どちらかといえばサガは『タイミングの悪い』人間である。そのせいで二割ほど人生を損しているのではないかと思うほどだ。とはいえ、もともと持っている才能や英気や美貌が他人より抜きん出ているのだから、それでもマイナスにはならないだろう。ちなみに『タイミングの良い』人間の筆頭はアイオロスだ。
「どうしたんスか?」
とっておきの客用珈琲カップを取り出し、自分のカップの隣へ置く。
サガはもてなされるのが当然のように木製のチェアへ座ったが、デスマスクは密かに眉をひそめた。長年のつきあいだけあって、サガのわずかな小宇宙の乱れを見落とすことはない。珍しくこちらのサガが意気消沈しているようにみえる。
「アレが、フラれた」
「はあ?」
「それでわたしもフラれた」
「何言ってるのか全然判らないんですケド」
話を聞きながらも手は休めずに、挽きたての珈琲を布製のフィルターでドリップする。香りが部屋へと充満した。
「だから、浮気相手を探しているのに、誰からも断られる。わたしはそれほど価値のない人間か?」
「……」
通常であれば、これでもまだ説明不足すぎて何のことか意味不明である。だが、デスマスクはだてに長年共に過ごしてきたわけではなかった。丁寧に順番に質問していく。
「それで誰にフラれたって?」
「カノンとシュラとアフロディーテとアイオリア」
「うおおおおおい、そんなに声かけたのかよアンタ!何でまた!」
「タナトスを見返してやろうと思ったのだ」
「タナトスの浮気の仕返しにか?あの神の女好きはいつものこったろ!アンタは気にしてないと思っていたんだが」
「そのようなことは気にしておらん。ただ、アレを離縁をすると言い出して…」
デスマスクの目が点になる。正直よく数年も結婚生活がもったものだと思っていたので、タナトスからの離婚の言及は予測の範疇内である。予想外なのは黒サガの反応の方だ。
「嬉しいだろ?やっと男の嫁なんて立場から開放されるんだぜ?」
「それは嬉しいが、アレの…もうひとりのわたしの価値を否定されるのは許せん」
「それがなんで浮気に繋がるんだよ…って、見返すためというのはそれか!?」
デスマスクからするとトンだ恋愛音痴としか表現のしようがない行動である。しかも、それで浮気の誘いをかけまくったのに断られ続けて自爆を重ねているようなのだ。
「考えてみれば、わたしは誰にも必要とされたことがない。私自身にすらだ。世界を手にするだけの力を持っているのに、何がいけないのだ」
いくら馴染みのデスマスクの前とはいえ、このサガが他人の前で愚痴を零すなど、相当に打ちのめされている。本人も半分ほどしか自覚がないようだが。
デスマスクはそっとサガの前に珈琲を差し出した。
(さて、俺にも浮気の誘いが来たらどうしようかね)
おそらく、というかほぼ100%そのつもりで来ているのだろう。安売りなどサガに似合わないことこの上ない。
サガが大切であるがゆえに、または真面目であるがゆえに断った面子と異なり、デスマスクは浮気くらい問題ないかなとは思っている。サガを楽しませる自信もある。
ただ、そのあとが怖い。
サガを受け入れた自分は、多分タナトスとアイオロスを相手にすることになるだろう。
それも怖くない。
怖いのは、それによってデスマスクを相手にした事を、サガが後悔するかもしれない未来だ。
(しょうがない、全力ではぐらかすか)
自分までが断った時のサガの顔を見たい気もしたが、デスマスクはそこまで酷い男ではなかった。
冷めぬうちにと自分も珈琲カップを口につける。
焙煎の苦味が舌先に広がった。
良い豆が手に入ったので、午後の一服を楽しもうとしていたのである。
そこへ突然現れた黒髪のサガを見たときの感想は『タイミングいいなあ』であった。
デスマスクの印象として、どちらかといえばサガは『タイミングの悪い』人間である。そのせいで二割ほど人生を損しているのではないかと思うほどだ。とはいえ、もともと持っている才能や英気や美貌が他人より抜きん出ているのだから、それでもマイナスにはならないだろう。ちなみに『タイミングの良い』人間の筆頭はアイオロスだ。
「どうしたんスか?」
とっておきの客用珈琲カップを取り出し、自分のカップの隣へ置く。
サガはもてなされるのが当然のように木製のチェアへ座ったが、デスマスクは密かに眉をひそめた。長年のつきあいだけあって、サガのわずかな小宇宙の乱れを見落とすことはない。珍しくこちらのサガが意気消沈しているようにみえる。
「アレが、フラれた」
「はあ?」
「それでわたしもフラれた」
「何言ってるのか全然判らないんですケド」
話を聞きながらも手は休めずに、挽きたての珈琲を布製のフィルターでドリップする。香りが部屋へと充満した。
「だから、浮気相手を探しているのに、誰からも断られる。わたしはそれほど価値のない人間か?」
「……」
通常であれば、これでもまだ説明不足すぎて何のことか意味不明である。だが、デスマスクはだてに長年共に過ごしてきたわけではなかった。丁寧に順番に質問していく。
「それで誰にフラれたって?」
「カノンとシュラとアフロディーテとアイオリア」
「うおおおおおい、そんなに声かけたのかよアンタ!何でまた!」
「タナトスを見返してやろうと思ったのだ」
「タナトスの浮気の仕返しにか?あの神の女好きはいつものこったろ!アンタは気にしてないと思っていたんだが」
「そのようなことは気にしておらん。ただ、アレを離縁をすると言い出して…」
デスマスクの目が点になる。正直よく数年も結婚生活がもったものだと思っていたので、タナトスからの離婚の言及は予測の範疇内である。予想外なのは黒サガの反応の方だ。
「嬉しいだろ?やっと男の嫁なんて立場から開放されるんだぜ?」
「それは嬉しいが、アレの…もうひとりのわたしの価値を否定されるのは許せん」
「それがなんで浮気に繋がるんだよ…って、見返すためというのはそれか!?」
デスマスクからするとトンだ恋愛音痴としか表現のしようがない行動である。しかも、それで浮気の誘いをかけまくったのに断られ続けて自爆を重ねているようなのだ。
「考えてみれば、わたしは誰にも必要とされたことがない。私自身にすらだ。世界を手にするだけの力を持っているのに、何がいけないのだ」
いくら馴染みのデスマスクの前とはいえ、このサガが他人の前で愚痴を零すなど、相当に打ちのめされている。本人も半分ほどしか自覚がないようだが。
デスマスクはそっとサガの前に珈琲を差し出した。
(さて、俺にも浮気の誘いが来たらどうしようかね)
おそらく、というかほぼ100%そのつもりで来ているのだろう。安売りなどサガに似合わないことこの上ない。
サガが大切であるがゆえに、または真面目であるがゆえに断った面子と異なり、デスマスクは浮気くらい問題ないかなとは思っている。サガを楽しませる自信もある。
ただ、そのあとが怖い。
サガを受け入れた自分は、多分タナトスとアイオロスを相手にすることになるだろう。
それも怖くない。
怖いのは、それによってデスマスクを相手にした事を、サガが後悔するかもしれない未来だ。
(しょうがない、全力ではぐらかすか)
自分までが断った時のサガの顔を見たい気もしたが、デスマスクはそこまで酷い男ではなかった。
冷めぬうちにと自分も珈琲カップを口につける。
焙煎の苦味が舌先に広がった。
エリシオンへ足を運んだシュラは、通り道の花園に、楽園らしからぬ黒色が広がっているのを見つけた。
「何をしているのですか」
シュラが話しかけると、その黒がごろりと動いて、広がった髪のしたから紅玉の瞳が覗く。
「不燃物の気持ちになっていたのだ」
「何を訳のわからないことを。あなたは燃えるでしょう」
シュラも相当に天然であったが、とりあえず黒サガがやさぐれていることは感じ取っていた。道から逸れて黒サガの寝転んでいる花園へと踏み込む。花を踏まぬようにあるくのはなかなか大変だなと思いながら。
「どうしたんです?」
「わたしはそれほど価値のない人間か?」
聞かれたシュラは大そう驚いた。この自信家のサガが、誰かに自分の価値を尋ねるなど考えられない。
「あなたの価値を他人が量ってよいのですか」
そういうとサガは首を捻り、言いなおした。
「わたしはそれほど必要のない人間か」
「あなたなら引く手数多でしょう」
「わたしもそう思っていたのだ。なのに奴らはわたしを要らぬという」
「やつらとは?」
サガはちらりと視線を動かした。視線の方角にあるのはサガとタナトスの住まいであり、弟の住むエリアでもある。
「お前ならばわたしの浮気につきあってくれるか」
サガがいきさつを説明したうえで尋ねてきたが、シュラは困ったような顔をするしかなかった。
「できません」
「……そうか」
サガは黙って立ち上がると、法衣にまとわりついた草や花びらを払った。
「おまえもわたしが不要なのだな」
「違います」
「違わないだろう」
「浮気だから嫌なんです、カノンもきっと」
「意味が判らぬ」
こちらのサガは本当に判っていないようであった。
「まあいい、他のものにも聞いてみよう」
「え、ちょっと、サガ!」
シュラが止める間もなく、黒髪のサガはどこかへと瞬間転移で消えていった。
「何をしているのですか」
シュラが話しかけると、その黒がごろりと動いて、広がった髪のしたから紅玉の瞳が覗く。
「不燃物の気持ちになっていたのだ」
「何を訳のわからないことを。あなたは燃えるでしょう」
シュラも相当に天然であったが、とりあえず黒サガがやさぐれていることは感じ取っていた。道から逸れて黒サガの寝転んでいる花園へと踏み込む。花を踏まぬようにあるくのはなかなか大変だなと思いながら。
「どうしたんです?」
「わたしはそれほど価値のない人間か?」
聞かれたシュラは大そう驚いた。この自信家のサガが、誰かに自分の価値を尋ねるなど考えられない。
「あなたの価値を他人が量ってよいのですか」
そういうとサガは首を捻り、言いなおした。
「わたしはそれほど必要のない人間か」
「あなたなら引く手数多でしょう」
「わたしもそう思っていたのだ。なのに奴らはわたしを要らぬという」
「やつらとは?」
サガはちらりと視線を動かした。視線の方角にあるのはサガとタナトスの住まいであり、弟の住むエリアでもある。
「お前ならばわたしの浮気につきあってくれるか」
サガがいきさつを説明したうえで尋ねてきたが、シュラは困ったような顔をするしかなかった。
「できません」
「……そうか」
サガは黙って立ち上がると、法衣にまとわりついた草や花びらを払った。
「おまえもわたしが不要なのだな」
「違います」
「違わないだろう」
「浮気だから嫌なんです、カノンもきっと」
「意味が判らぬ」
こちらのサガは本当に判っていないようであった。
「まあいい、他のものにも聞いてみよう」
「え、ちょっと、サガ!」
シュラが止める間もなく、黒髪のサガはどこかへと瞬間転移で消えていった。
突然押しかけてきた黒髪の兄に、カノンは驚いた顔をみせたが、すぐにソファーへ座るよう促した。
ちなみにカノンはエリシオンの離宮の1つをヒュプノスから貰っている。カノンにとってはサガの居る場所が自分の居場所であるとの思いがあり、タナトスは自分の対であるというヒュプノスと利害や思惑が一致したためだ。
そしてサガにとっても実家とは十二宮ではなく、カノンのもとである。
ある意味、これは初めて黒サガがカノンを頼った瞬間でもあった。
「何があったんだ?」
「離婚を切り出された」
端的に答えた黒サガはどかりとソファーへ腰を下ろす。どこか微妙に不機嫌そうだ。
「オレは嬉しいが、おまえら上手く行ってそうな感じだったのに、どうしたんだよ」
「上手く行っていたと思っていたのはアレだけで、タナトスの側は結婚など最初から迷惑なだけであったということだろう」
むすりと答える黒サガに、カノンは心の中で『あれ?』と思った。白いほうのサガならいざ知らず、こちらのサガであればタナトスとの離婚は諸手を上げて喜ぶであろうと予測していたのだ。
「なんだ、不満なのか」
「当たり前だ!このわたしの価値が分からんなど、やはりあの男は二流神よ」
「…ふうん。それで原因は?何をして怒らせたのだ」
「原因などない。結婚を解消するのに離婚という手段があることを、ようやく奴が認識しただけのこと」
「その言い分だと、おまえは前から気づいていたのだな」
カノンが問うと、黒髪のサガははっとしたような表情になり、それから気まずそうに視線を逸らした。
「アレが…もうひとりのわたしが楽しそうであったゆえ、口をだすこともないかと…わたしにとっても聖域で過ごしてあの男の配下となるより快適ではあるしな…」
あの男というのはサガの親友であり、次期教皇でもあるアイツのことだろうなあとカノンはふんだ。黒サガもサガだけあって、相当にねじくれている。己の好意がどこにあるのか、自覚出来ないタイプなのだ。善性や正の感情の大部分を受け持つのが白サガであるためかもしれない。
カノンはため息をつきながらもサガを諭す。
「ある意味これは好機ではないか?向こうから言い出したんだ。円満に別れられるだろ。お前だって何故男神の嫁なんかにならねばならんのだと、散々愚痴を言っていたじゃないか」
「そうなのだが、別れるのならば惜しまれ悔しがらせた上で別れたい。こちらが振られるような形態は論外だ」
「お前な……」
タナトスもタナトスだが、サガも大概である。
カノンはこめかみを押さえながら尋ねた。
「じゃあ、どうするつもりなのだお前は」
それに対して帰ってきた返事は、カノンにとって斜め上すぎるものであった。
黒サガはソファーの上でふんぞりかえったまま、こう言い切ったのだ。
「浮気をしようと思う」
「……」
何故そうなるのか、頭の回転の速いカノンにもまったく流れが見えない。
「……ちなみに、何で?」
「このわたしがモテると判れば、わたしの価値を理解して悔やむであろうからな!」
「……」
黒サガもサガだけあって、恋愛方面はからっきし駄目なのだなと、カノンはまた思った。
「そんなわけで、愚弟よ。丁度いいからおまえが相手をしろ」
「ごめんこうむる」
時をおかぬカノンの否定に、黒サガが本気でショックを受けた顔をしていたが、そんな顔をされるほうが心外だとカノンは思った。
ちなみにカノンはエリシオンの離宮の1つをヒュプノスから貰っている。カノンにとってはサガの居る場所が自分の居場所であるとの思いがあり、タナトスは自分の対であるというヒュプノスと利害や思惑が一致したためだ。
そしてサガにとっても実家とは十二宮ではなく、カノンのもとである。
ある意味、これは初めて黒サガがカノンを頼った瞬間でもあった。
「何があったんだ?」
「離婚を切り出された」
端的に答えた黒サガはどかりとソファーへ腰を下ろす。どこか微妙に不機嫌そうだ。
「オレは嬉しいが、おまえら上手く行ってそうな感じだったのに、どうしたんだよ」
「上手く行っていたと思っていたのはアレだけで、タナトスの側は結婚など最初から迷惑なだけであったということだろう」
むすりと答える黒サガに、カノンは心の中で『あれ?』と思った。白いほうのサガならいざ知らず、こちらのサガであればタナトスとの離婚は諸手を上げて喜ぶであろうと予測していたのだ。
「なんだ、不満なのか」
「当たり前だ!このわたしの価値が分からんなど、やはりあの男は二流神よ」
「…ふうん。それで原因は?何をして怒らせたのだ」
「原因などない。結婚を解消するのに離婚という手段があることを、ようやく奴が認識しただけのこと」
「その言い分だと、おまえは前から気づいていたのだな」
カノンが問うと、黒髪のサガははっとしたような表情になり、それから気まずそうに視線を逸らした。
「アレが…もうひとりのわたしが楽しそうであったゆえ、口をだすこともないかと…わたしにとっても聖域で過ごしてあの男の配下となるより快適ではあるしな…」
あの男というのはサガの親友であり、次期教皇でもあるアイツのことだろうなあとカノンはふんだ。黒サガもサガだけあって、相当にねじくれている。己の好意がどこにあるのか、自覚出来ないタイプなのだ。善性や正の感情の大部分を受け持つのが白サガであるためかもしれない。
カノンはため息をつきながらもサガを諭す。
「ある意味これは好機ではないか?向こうから言い出したんだ。円満に別れられるだろ。お前だって何故男神の嫁なんかにならねばならんのだと、散々愚痴を言っていたじゃないか」
「そうなのだが、別れるのならば惜しまれ悔しがらせた上で別れたい。こちらが振られるような形態は論外だ」
「お前な……」
タナトスもタナトスだが、サガも大概である。
カノンはこめかみを押さえながら尋ねた。
「じゃあ、どうするつもりなのだお前は」
それに対して帰ってきた返事は、カノンにとって斜め上すぎるものであった。
黒サガはソファーの上でふんぞりかえったまま、こう言い切ったのだ。
「浮気をしようと思う」
「……」
何故そうなるのか、頭の回転の速いカノンにもまったく流れが見えない。
「……ちなみに、何で?」
「このわたしがモテると判れば、わたしの価値を理解して悔やむであろうからな!」
「……」
黒サガもサガだけあって、恋愛方面はからっきし駄目なのだなと、カノンはまた思った。
「そんなわけで、愚弟よ。丁度いいからおまえが相手をしろ」
「ごめんこうむる」
時をおかぬカノンの否定に、黒サガが本気でショックを受けた顔をしていたが、そんな顔をされるほうが心外だとカノンは思った。
「結婚を解消する方法が見つかったぞ」
帰宅早々そのように切り出したタナトスの第一声に、サガは持っていた水差しを取り落とした。
「わたしに何か落ち度が…」
「人間でアテナの聖闘士で男という時点で嫁には不向きだが、それ以外に特に落ち度はない。だがお前もオレの約定に付き合わされていただけだろう?人間には過ぎた暮らしをさせてやったとは思うが、離婚をすればお前を女神の聖域へ追い返せる」
ヒュプノスの前では躊躇していたくせに、本人の前では神として亭主関白な夫として居丈高に振舞おうとするタナトスも、わりあいツンデレ系であった。
サガはうつむいて足元を見た。水差しから零れた水が床に広がっていく。
「……わたしに不満であったのか?」
「不満もなにも、お前は男だからな。嫁は女が良かった」
根っからの女好きのタナトスである。そして嘘がつけぬゆえに正直でもある。
俯いていたサガがさらに萎れた。サガは人間としては最高ランクのスペックを持っており、誰かに己を否定されたことはほとんどない。僅かな例は教皇候補選抜時など黒サガにまつわる事柄であり、白サガ自体は他人に受け入れられるのが当たり前の環境で生きてきたのだ。
それを、性別という訂正しようのない部分で突き放され、サガは打ちのめされるしかなかった。愛情の喪失で打ちのめされたわけではないところが、サガの困ったところだ。
「では、わたしはこの宮を出て行かねばならんな…身支度を整えるゆえ、しばし猶予をもらえまいか」
しおらしく言い出したサガに、タナトスも内心慌てていた。
タナトスからすると、自分はサガに愛情などなくとも、サガからは愛されていると思っていたのだ(根拠はない)。離婚を言い出しても反対され懇願されるであろうという計算でいたから、偉そうに告げてみたのである。こちらもこちらで困ったツンデレであった。
「い、いや、今すぐでなくともいいのだぞ。おまえは不要だが、いなくなるとデスマスクが美味い食事を作りにこなくなるしな」
ちなみにタナトスは女あしらいが大変上手い。ニンフ相手であれば、こんな駄目な台詞は出てこない。さすがのタナトスも男の嫁にかける言葉というのは、ながい人生…神生のなかでも経験のないことだけに、動揺が先立っていた。
この台詞にサガの髪の先が黒くなりはじめる。料理ができないというのはサガの数少ないウィークポイントであり、否定の駄目だしをされたようなものだ。
「……ならばデスマスクと結婚すればよかろう」
「おい、サガ」
「実家に帰らせてもらおうか!」
ショックで引っ込んだ白サガに代わり、黒サガが堂々とタナトスへ言い放った。
帰宅早々そのように切り出したタナトスの第一声に、サガは持っていた水差しを取り落とした。
「わたしに何か落ち度が…」
「人間でアテナの聖闘士で男という時点で嫁には不向きだが、それ以外に特に落ち度はない。だがお前もオレの約定に付き合わされていただけだろう?人間には過ぎた暮らしをさせてやったとは思うが、離婚をすればお前を女神の聖域へ追い返せる」
ヒュプノスの前では躊躇していたくせに、本人の前では神として亭主関白な夫として居丈高に振舞おうとするタナトスも、わりあいツンデレ系であった。
サガはうつむいて足元を見た。水差しから零れた水が床に広がっていく。
「……わたしに不満であったのか?」
「不満もなにも、お前は男だからな。嫁は女が良かった」
根っからの女好きのタナトスである。そして嘘がつけぬゆえに正直でもある。
俯いていたサガがさらに萎れた。サガは人間としては最高ランクのスペックを持っており、誰かに己を否定されたことはほとんどない。僅かな例は教皇候補選抜時など黒サガにまつわる事柄であり、白サガ自体は他人に受け入れられるのが当たり前の環境で生きてきたのだ。
それを、性別という訂正しようのない部分で突き放され、サガは打ちのめされるしかなかった。愛情の喪失で打ちのめされたわけではないところが、サガの困ったところだ。
「では、わたしはこの宮を出て行かねばならんな…身支度を整えるゆえ、しばし猶予をもらえまいか」
しおらしく言い出したサガに、タナトスも内心慌てていた。
タナトスからすると、自分はサガに愛情などなくとも、サガからは愛されていると思っていたのだ(根拠はない)。離婚を言い出しても反対され懇願されるであろうという計算でいたから、偉そうに告げてみたのである。こちらもこちらで困ったツンデレであった。
「い、いや、今すぐでなくともいいのだぞ。おまえは不要だが、いなくなるとデスマスクが美味い食事を作りにこなくなるしな」
ちなみにタナトスは女あしらいが大変上手い。ニンフ相手であれば、こんな駄目な台詞は出てこない。さすがのタナトスも男の嫁にかける言葉というのは、ながい人生…神生のなかでも経験のないことだけに、動揺が先立っていた。
この台詞にサガの髪の先が黒くなりはじめる。料理ができないというのはサガの数少ないウィークポイントであり、否定の駄目だしをされたようなものだ。
「……ならばデスマスクと結婚すればよかろう」
「おい、サガ」
「実家に帰らせてもらおうか!」
ショックで引っ込んだ白サガに代わり、黒サガが堂々とタナトスへ言い放った。