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サガの心のありようを恣意的に固定することが出来るという魔法の小瓶。
それをヒュプノスはカノンに1つ選ばせてくれるという。
そんなもの無くたって、サガは。
そのあとを続けようとして言葉が出てこない。
(デレはまだ何とかありそうだが…メロメロだのラブラブだのは…うう)
カノンの自己採点において、サガからの評価予測値は意外と低かった。過去の己の言動を振り返っての判断だが、サガのブラコン深度を自覚していないために、地味に損をしていることには気づいていない。
悩んだ末に、カノンは意を決して小瓶の1つを取った。
「こ…このメロメロを貰おうか」
「成る程」
可能性の低いと思われる行動様式の方を選びつつ、血を分けた双子の兄弟として流石にラブラブを求めるのは自重したらしい。ヒュプノスは小瓶の蓋を開けるように促した。
「飲ませたり嗅がせたりしなくて良いのか?」
「中身の原材料はサガの心だ。開放すれば勝手に本人のもとへ戻る」
「副作用などなかろうな」
「それはあるだろう」
「何――――!」
そんな会話をしていると、丁度サガが任務から帰ってきたのだった。
「ただいま、カノ…」
言いかけて、サガは入り口に立ったまま固まった。
カノンの方をじっと見つめたまま、何やら様子がおかしい。一緒に部屋の中にいるヒュプノスの事も見えていないようで、そちらへは興味を払わない。
サガはどこか紅潮した様子で目を輝かせ、カノンへ向かって両手を広げた。
「こちらへおいで」
対するカノンは、自分で願っておきながらもう及び腰だ。嬉しさよりも戸惑いと違和感が先立つ。日ごろ、他人に向けるサガの『神のような笑顔』を嘲笑っていたというのに、いざそれが自分に向けられてみるとその威力に愕然とする。この声この笑顔に逆らえる者などいるのだろうか。
動けないまでも心の中で必死に抵抗していると、サガの方が歩み寄っていた。
「大丈夫だよ」
そんな事を言いながら、カノンの頭をそっと撫でる。その指は柔らかに耳の後ろをなで、顎の下へと移って行った。柔らかな動きに流されそうになり、ハッとカノンは我に返る。この部屋にはヒュプノスがまだ居る。その事に心ならずも感謝する羽目になった。羞恥心という名の理性が働くからだ。
触れる手を何とか押しのけようとすると、サガは構わず頬を寄せてきた。もがくカノンを無視して抱きしめる。そして蕩けるような笑顔で囁いた。
「どこから迷い込んで来たのか知らぬが、双児宮の迷宮を抜けてくるとは大した猫だ」
「……」
今までのムードもどこへやら、カノンの目が点になる。
その視線がヒュプノスへと向けられると、ヒュプノスは何でもないことのように、カノンの無言の疑問に答えてくれた。
「サガにはお前が猫に見えている。声も鳴き声としてしか届かない」
「何だと――――!」
眠りの神の言うとおり、サガはカノンに一通りほお擦りすると、『待っておいで、ご飯を用意するからね』などといって台所へ去ってしまった。完全に野良猫扱いだ。
カノンはヒュプノスを怒鳴りつける。
「どういうつもりだ!」
しかし、ヒュプノスは逆に心外だという視線を向ける。
「存分にメロメロしているだろう。どこに文句があるというのだ」
1時間ほどすれば効果が切れるという説明を聞いて、カノンは黙るしかない。
サガの用意した猫まんまは、いつもの破壊的な人間用手料理に比べると100倍美味しかった。
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メロメロといえばねこ様です。