彼らも結婚してから1年目ということで紙婚式です。
そんなわけで、今日はいつも以上にタナトスとサガのいちゃいちゃ傾向が強まりますのでご注意ください。
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エリシオンは選ばれた者のみが死後に居住を許される常春の地だ。
花咲き乱れる野には美しいニンフが舞い、涼しげな木陰には精霊たちが優雅に戯れている。
タナトスとヒュプノスの宮殿は、その中にあった。
オリンポス十二神の広大な居城とまではゆかぬものの、暮らすには充分な広さと設備を備え、別邸として幾つもの離宮があることを踏まえれば、かなり贅沢な住まいと言えよう。
そこでの長閑な暮らしは、平和ではあるものの、血と争いを好むタナトスにとって退屈な場所でもあった。
しかし、退屈しのぎとして、ひょんな事からアテナの黄金聖闘士を娶って以来、エリシオンの静寂はかき乱されている。
何故かといえば、嫁である双子座の黄金聖闘士…サガの朋輩および双子の弟が、三日とおかずタナトスの宮へ押しかけるからであった。
「お前の身内どもは、遠慮を知らぬのか」
訥々と語りだしたタナトスを、サガは不思議そうに見つめ返した。
「彼らが何か失礼をしたろうか」
「あの来訪頻度は一体なんだ!」
「それほど頻度が多いとは思わないが…1ヶ月に1度程度なのだし」
「各自はそうであっても、それが12名以上居るとなると話は別であろう」
そう、黄金聖闘士たち全員と青銅聖闘士の一部、そしてアテナ自身も足繁く通っているため、二日に1度は来客があるというような状況だ。
二百余年をほんの一睡分としか捉えぬ不死の神からすれば、それはもう煩くせわしない毎日と感じても仕方が無い。
賑やかなだけならばまだ良いが、来客の半数近くが嫁であるサガ目当てであり、それ以外の来訪者はタナトスへの小さな嫌がらせおよび野次馬根性で来ているとなると、短気なタナトスでなくとも心が狭まろうというものだ。
サガはじっとタナトスを見つめたまま、ぼそりと訴える。
「しかし、来客の半分は貴方の関係者だ」
そう、不満を述べているタナトスの客も実は多い。兄弟神ヒュプノスとその縁戚の夢神たち、幾人かのタナトス贔屓の冥闘士(特にベロニカ)、花を摘むように連れてきてはタナトスが戯れに愛でる数多のニンフ。
こちらもかなりの頻度で宮殿へと押しかけている。
タナトスもそれは自覚しているのか、誤魔化すように視線を逸らせた。
「判っている…しかし、少しは二人の時間があっても良いのではないか。まがりなりにも新婚なのだからな」
「…!!」
思わぬ単語を耳にして、サガの顔がみるみる赤くなった。
「新婚だとは思ってくれていたのか」
「召使代わりの男嫁だが、結婚したことには変わりあるまい」
「そうか…ニンフに手を出している時間の方が長いゆえ、本当に単なる召使い扱いなのかと思っていたのだ」
「ニンフはまた別腹よ。何だ、妬いているのか?」
「や、妬いてなど」
デスマスクあたりが聞いていたならば砂糖を吐いて匙を投げ、カノンあたりが聞いていたならば兄の不甲斐なさに暴れだしそうなやりとりだが、幸いこの場には珍しく二人しかいない。
タナトスはサガを引き寄せ、ビロード張りの長椅子へと二人で腰を下ろした。
「そうだな、嫁を充足させるのも夫の務め…かつ二人だけの時間を持つとなると、旅行にでも行くのが良かろうか」
サガの肩を抱き、顔を寄せてにっこりと微笑むタナトスは、流石に遊び慣れている。サガもその手管は判った上で、穏やかにそれを楽しむだけの余裕はあった。
「旅行か、いいな」
「そういえばオレ達は新婚旅行をしておらん」
「タナトスは、どこか行きたい場所はおありだろうか」
「ふむ、出来れば仕事を思い起こさぬ場所が良いな。適度に刺激もあったほうが良い」
「貴方の仕事といえば『死』か。例えば?」
「修羅界などどうだ。血と争いにまみれながら、誰も死ぬ事は無く戦い続ける世界だ。なかなか楽しそうだぞ」
「却下する」
「ではお前の希望を述べてみろ」
「温泉巡り」
「…相変わらず予想を裏切らぬ男だな。湯に浸かるだけなど飽きぬのか」
「…新婚旅行なのだから、湯に浸かるだけではないぞ」
「……そうだな」
「……そうだ」
新婚旅行へ出かける事にはなったものの、意外と押しの強いサガの意向により、二人の時間はほぼ湯の中になるのではないかと、タナトスは少しだけ危機感を覚えた。
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前人未到な秘境の露天風呂とかなら、中で存分にいたしても大丈夫ですよね。