星矢関連二次創作サイト「アクマイザー」のMEMO&御礼用ブログ
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黒サガは聖域外れの岩に腰を下ろしていた。
軽い気持ちでエリシオンから出てきたものの、誰一人として相手にしてくれなかったことは、人心の機敏に疎い彼ですら多少傷ついていた。正直なところ自業自得であるし、やりかたの拙さが原因であるのだが、他人の好意を得ようなどと思ったこともない彼にとって、そんなことは脳裏に浮かびもしていない。
彼が理解したのは、自分が思ったよりも必要とされていないと言うことだけだった。
(いや、まだ押しかけていない相手がいる)
ふとそんなことを考えてしまったのは、無自覚ながら相当ダメージを受けている証拠だ。こちらのサガが、このような場面でアイオロスを俎上にあげることなど、まずプライドが許さないからだ。
今回もすぐに彼は首を横に振った。自分のこのような状況など、アイオロスにだけは知られたくなかった。彼にだけは神のような自分であらねばならない。
そこには、負けたくないという以外の理由も存在していたが、サガがその感情を認めることはなかった。いや、認めるということ自体が負けを受け入れるようなものかもしれなかった。

「ねえ、エリシオンを出てきたんだって?」

どきりとサガの心臓が跳ね上がる。
たった今脳裏に浮かんだばかりの、ここにいるはずのない男の声だった。
デスマスクが彼を『タイミングの良い男』と評していることなど知る由もなかったが、サガが振り返ると、オリーブの木立の向こうからアイオロスの茶褐色の金髪と、サガの心臓を射抜くような翠緑の瞳が見えた。
「誰から聞いた」
「風の噂で」
アイオロスは教皇見習い用の、しっかりとした厚手の法衣を着ていた。おそらく此処へ来る直前まで、教皇宮で修養に励んでいたにちがいない。
「わたしがどこへ行こうと、わたしの勝手だ。貴様には関係ない」
「君がエリシオンを出たあと、何をしようとしたか、俺は知っているよ」
サガへの返事としては唐突であったが、芯を貫く言葉でもあった。サガの呼吸がほんのわずか止まり、それから瞳に憎しみの色が宿る。どこから情報を得たのだとは思わない。かつて自分が偽教皇をしていた時も、教皇宮にいながらにして、世界各地から情報を得ることが出来た。あの場所は人智を超えたところにあるのだ
「……笑いにきたのか」
「違うよ」
「では何だ」
「サガ。どうして知っているくせに、知らない振りをするのだ」
「『わたし』は知らん!こんな感情など!」
それは確かに闇を受け持つほうのサガが知るはずのない理由と感情であった。そういったものを分担するのは、通常もうひとりのサガであったので。
「君もサガのはずじゃないか」
アイオロスはじわりとサガの退路を削っていく。
「浮気相手を探しているんだよね」
「それが、どうした」
歪んだ笑みで悪意を向けるも、アイオロスは引こうとしなかった。
「どうしてそんなに、自分を傷つけようとするのかな」
「は?何だそれは」
「どうして俺から逃げるの」
真っ直ぐにサガを見すえる瞳には、底の見えぬ深淵が浮かんでいるようだった。のみ込まれるかの錯覚に、黒髪のサガをして後ずさらせる。
彼が恐れたのは”のみこまれたら、どうなるのだろう”と一瞬考えてしまった己の思考の不確かさだった。彼のような存在にとって、自分で自分を信用できない瞬間というのは、何より恐ろしいものだ。
サガが下がった分、ゆっくりとアイオロスが歩を進める。
狩人の伸ばした手が獲物に届こうとしたそのとき。
ふいにあたり一面へ、強大な死の神意が降り注いだ。
銀色の光が粒子となってはじけ飛んでいる。このあたりは外れとはいえアテナの聖域だ。聖域を満たしているアテナの暖かな小宇宙が、冷たい死の小宇宙に反発しきらきらと舞い散るのだ。
「タナトス!」
サガが聖域に降臨した神の名を呼んだ。どこかほっとしたような色の混じる声に、アイオロスが冷えた視線を向ける。もう少しで、彼の中身を洗いざらいひっくり返してやれたのに。
それでもアイオロスは次期教皇として、やってきた神に礼を取らねばならなかった。教皇はあらゆる権限を持つ代わりに、私情で振舞える立場ではなくなる。
「ようこそ、死の神よ。聖域に何ぞ御用がおありか」
判りきった問いを、茶番と思いながらもアイオロスは尋ねる。
「嫁を迎えに来た」
幸いなことに、タナトスはアイオロスの心情を読むどころではなかった。サガを見つけると髪の色など気にせずどなりつける。
「夫に迎えにこさせるとは、どこまで出来の悪い嫁なのだ貴様は!」
「出来が悪くて悪かったな。それゆえ離縁するのだろう」
「誰がそのようなことを言った。だいたい、お前のような出来の悪い嫁を、オレ以外の誰が相手にするというのだ」
サガが目をしばたき、タナトスを見る。
しまった、とアイオロスは胸のうちで舌打ちをした。タナトスが来る前に、さっさと口にしてしまえばよかった。まさかタナトスが此処まで来るとは思っていなかった。今更見通しの甘さを後悔しても遅いのだが。

アイオロスの予感どおり、サガは目を伏せて自嘲した。
「残念ながら、そのとおりのようだ」
今さらアイオロスが違うと言っても、伝わらないだろう。
タナトスが駄目押しのようにサガへ告げる。
「おまえはオレが飽きるまではオレのものだ。勝手な里帰りなど許さん」
それを聞いた黒サガは笑い出した。笑い声は次第に大きくなり、あいまに髪の色が変わっていく。
タナトスの豪奢な銀髪とは対照的な淡い金髪があらわれ、アメジストのようなやさしい夕暮れ色の瞳がまたたくと、人格転移は完了した。
「……わたしは、お前のところに居てもいいのか?」
同じ音質でありながら、印象のまったく違う声がタナトスへ問いかけている。

アイオロスは強く拳を握りこんだ。
(タイミングは良いはずなのに、どうしていつも間に合わないのだろう。どうして自分は教皇に選ばれたのだろう)
聖域を巻き込む立場でなければ、「行くな」と言えるのに。

春を迎えた聖域には、エリシオンには及ばなくとも、あちらこちらと花が咲き乱れている。
サガは一度だけアイオロスのほうを振り向いた。視線はアイオロスの表情ではなく、きつく結ばれた握りこぶしに向けられている。
「迷惑をかけたな、アイオロス」
その言葉と共にサガとタナトスは消え、アイオロスは拳を地面へとたたきつけた。

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主にサガが悪い。
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