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「いくら気に入ったからと言って、腹を壊すまで食すことはあるまい」
黒い髪をかきあげながら、サガが紅い瞳に呆れの色をのぼらせている。
シュラは麿羯宮の寝台からそれを見上げた。
昨日の山羊煮を気に入ったわけでも、食べ過ぎたわけでもないのだが、それを告げる勇気はない。
アイオリアと白サガの共同制作であるその山羊煮は、二人とも「シュラのために作ったのだから」と言って自分たちは手を出さず、処理作業はシュラの単独担当となったのだ。
血と内臓で作られたチーイリチーの匂いは凄まじく、1日たった今でもまだ麿羯宮にその痕跡を残していた。見かねたアフロディーテが匂い消しにと大量に薔薇とハーブを持ってきてくれたくらいなのだ。
「アレの手料理はそれほど良かったか」
どこか拗ねたような顔をしながら、黒サガは片手に持っていた蝋燭をサイドテーブルに置いた。
そこはきっぱり否定したほうがいいのか、あの破壊的な料理の腕前について気遣った方がいいのか、シュラが逡巡しているあいだに時は過ぎ、返事をするタイミングは流れていく。
ふと鼻腔をくすぐる慣れぬ匂いに気づいて、シュラはサガの持ってきた蝋燭をみた。
「それは…いつもの聖域支給の蜜蝋ではないですね」
話題を逸らすつもりはなかったが、黒サガは片眉をわずかに上げた。
「…獣脂蝋燭だ」
「珍しいものを」
独特の匂いはグリセリンであろうと思われる。キャンドルの語源ともなった獣脂蝋燭は、昨今あまり見かけない。揺らめく灯りも蜜蝋とは微妙に異なり、サガの表情を陰影深く照らし出す。
黒サガは口元を子供のようにへの字にしてから、ぼそりと吐き出した。
「それは山羊の獣脂で作ってある」
「…そ、そうなのですか」
彼まで山羊尽くしに参加するつもりなのかとシュラは目を瞬かせる。
「アレとアイオリアが祝っただけで充分のようだな」
「いえ」
今度は思うより早く言葉が飛び出した。それだけでなくサガの法衣の袖を掴んだ己にシュラは驚く。はっと気づいて慌てて手を離したものの、持て余したその手のひらをどうすればいいのか。
黒サガは何も言わず、宙を彷徨うその手を取った。
暫しの無言のあと、黒サガが口を開く。
「早く体調を万全にしろ。明日は私の供をさせるつもりなのだからな」
明日はシュラの誕生日だった。
シュラは黒サガの手をぎゅっと強く握り返した。
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めるへん。
サガとアイオリアがシュラのために協力しあうのって、なんか可愛い気がします。共同作業の合間に13年間に関する会話などもあって、いろいろ互いへの理解と許容も深まるという一石二鳥。
そんなわけで、リアとサガでシュラ誕前祝い。
サガ→シュラ←アイオリアだと一層私が美味しいです。
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遠地での勅命から戻ってきたシュラは、麿羯宮へ戻る途中で双児宮を覗いてみた。サガが居れば挨拶をして通り抜けるつもりであったのだが、どこかへ出かけているのか人の居る気配が無い。
多少残念な気持ちになりながら十二宮の一本道を登っていくと、すぐ上の巨蟹宮では、デスマスクが何やら気の毒そうな表情を浮かべて「がんばれよ」などと言ってきた。「いや、仕事はもう済んだ」と返しても、友人はひらりと手を振るばかりだ。
首をかしげて宮を登っていく。ギリシア在住のはずのアイオリアも留守で、次に声をかけられたのは人馬宮だった。
「お前はいいなあ…」
聖域の英雄が、珍しく溜息なんぞをついている。何が良いのか判らなかったが、羨ましそうな視線が微妙に痛い。とりあえずシュラは先輩に頭を下げその宮も通り抜けた。
人馬宮を出た辺りから、奇妙なケモノ臭が漂い始めた気がして、シュラは眉を顰めた。階段を上がっていくにつれ、それはハッキリとした異臭として鼻に付いた。
見上げれば麿羯宮の窓から、煙が立ち上っている。異臭の発生源もどうやらそこらしい。
シュラは慌てて自分の守護宮へむけて走り出した。
光速で駆け込んだ自宮のなかで彼が最初に見たものは、にこやかなアイオリアとサガの共同作業だった。
「おかえりシュラ。早かったのだな」
アイオリアがさわやかに振り向けば
「疲れたろう、お前のためにささやかながら夕食を用意しておいた」
とサガも神のような笑顔で出迎える。
しかし、シュラは動けない。出迎えてくれた二人の笑顔と裏腹に、麿羯宮内は惨状としか呼べない状態だった。
「こ、これは一体…」
青い顔で呟くシュラへ、アイオリアが多少はにかみながら答える。
「シュラはもうすぐ誕生日だろう?」
「ああ」
「その、シュラの誕生日を山羊尽くしで祝おうと思ってさ」
ギリシアには誕生日を祝う習慣はない。そのため、ギリシア人であるアイオリアとサガは自力で祝い方を考えたのだった。
「ま、まさか、この匂いは…」
「山羊だ」
にこにことサガが言い添える。アイオリアも付け足した。
「チーイリチーといって、山羊の血と内臓を煮込んだものだそうだ。サガが調理してくれた」
「山羊を掴まえてきてくれたのは、アイオリアだろう」
「……」
ただでさえ壮絶に臭い野生の山羊肉を、匂い抜き処理なんぞ知らなさそうなサガが調理したのでは、下手なテロの工作よりも異臭が発生するはずだとシュラは眩暈がした。
「山羊のチーズに山羊刺しも用意したんだ。チーズケーキも山羊のチーズの特注なんだぞ。山羊のミルクを飲むのにはこの角杯な」
アイオリアに手渡された、おそらく山羊製であろう角杯を受け取りながら、シュラは「ありがとう」と言うほか無かった。
宮の壁に目を向ければ、これまた山羊製であろう毛皮の掛け物と、立派な角をもつ雄山羊の首の剥製が飾られている。良く見ればこまこまと山羊のオーナメントも飾られている(これはクリスマスツリーの使いまわしだろう)。二人で飾り付けをしたのであろう場面を想像すると微笑ましいが、生憎サガもアイオリアも装飾センスはあまり持っていない。
そして宮の裏ではおそらく二人が捌いたであろう山羊の血が飛散し、肉の残りが干してあるのだろうなとシュラは予測した。
(異教のサバトのようだ…)
シュラがちょっぴり涙ぐんだのは、強烈なヤギ臭と煙が目に染みたせいだけでもなかった。
「少し早いが」
「ハッピーバースデー、シュラ」
それでも二人から祝われると、シュラの胸に温かいものが流れる。
有難い事にアンゴラヤギのセーターというまともなプレゼントもあり(山羊煮の匂いが染み付いていたが)、シュラは勅命帰りの体力を、全部このあとの食事会で使い果たす決意をした。
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内臓処理をきちんとしないチーイリチーは超絶に臭いらしいですよ
美しいという事はそれだけで正義ですよ。神の造形であるサガならば、全裸でも何ら問題ない気がしてきました。だってサガだもの。
ああでもやっぱり勿体無いから隠して下さい。サガの美は隠した方が引き立ちます。法衣で全身を覆い、素顔も伏せ、たまに外しかけた仮面の下から覗く眉目秀麗な愁い顔が良いのです。
聖戦後、民衆や雑兵たちからやっぱり神のようだと讃えられてる白サガに対して、カノンが気軽に寄ってきては乱暴に接するといいよ!「おいサガ、じじい(シオン)から書類を預かってきたぜ」などと言って、丸めた書類でぽすぽすサガの頭を軽く叩くようなコミニュケーション。そのあと周囲の人だかりを見て「何だこいつらお前のファンか?」くらいずけずけ言うような。サガが「じじいではない。シオン様と呼びなさい」と注意しても、「お前も黒いときは妖怪呼ばわりしているくせに」とか皆の前で返されて真っ赤になるという。
でもそんな兄弟らしいやり取りを見て、周りの人間は一層双子へ親近感を持つのでした。正月早々ドリームすみません。
次の更新は黒サガとアイオロスの鬼ごっこか、タナサガのHのどっちかの予定です。シュラ黒デート話も捨てがたい…
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「あけましておめでとう!」
澄み渡った空へ新年の陽が昇った頃、星矢が双児宮へ飛び込んできた。
例年のごとく、女神への年始挨拶へ向かう十二宮突破の途中らしい。
手には年賀状を持ち、その年賀状には牛のイラストが描かれている。
日本における正月と干支の知識を昨年得ているサガは、穏やかに新年の挨拶を返した。
「おめでとう星矢。今年も宜しく頼むよ」
「サガもカノンも今年は仲良くな!」
そんなありきたりで平和な会話を交わした後、星矢がニコニコと告げる。
「今年は丑年だから、牛式挨拶でいく」
「牛式?」
「そう、牛式…ぎゅう」
そう言いながら星矢はサガの腰に抱きついた。
子供らしい駄洒落に笑みを零したサガも、同じように真似をして星矢の頭を抱きしめる。
星矢はカノンの腰にも平等に抱きついて頭を軽く小突かれると、慌しく次の宮への階段を駆け上っていった。
当然それを聞いたアイオロスも牛式挨拶をサガに要求した。
「力いっぱい牛式でお願いしたいね」
「そうか、判った」
ニコリと笑い返したのは黒髪のサガだ。
了承しながら指を鳴らしている黒サガの様子を見て、嫌な予感を覚えたアイオロスは咄嗟に後ずさる。次の瞬間、光速で首に伸ばされようとした黒サガの両手はアイオロスの両手で封じ返され、典型的な千日戦争の姿勢となった。
アイオロスは双方動けぬその姿勢のまま、ぶつぶつ不満を零す。
「サガ…いま『ぎゅう』という単語を、首を絞める擬態語として使おうとしたろう」
「一声と言わず十声くらい使ってやろうと思っていたぞ。遠慮はするな」
ゴゴゴゴゴという音の聞こえてきそうな二人の千日戦争を、呆れたようにそれぞれの弟が眺めている。カノンとアイオリアは、兄達の迷惑なコミニュケーションで始まる元旦が、今年の象徴とならぬよう心の中でこっそり祈った。
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「おはようございます」
まだ陽も明けきらぬ時間に麿羯宮へ押しかけてきたカノンへ、シュラは丁寧な挨拶をした。年上であるカノンに対して、基本的にはサガやアイオロスに対するのと同等の礼儀で接しているシュラだ。
随分早い時刻の来訪だとは思いつつ、外泊した兄を迎えに来たのだろうなと予測をつける。
そしてその予測は外れることなく、カノンの第一声は『サガはどこにいる』なのであった。
「奥の部屋にいるが…」
答えるや否や、カノンは教えられた部屋へ踏み込んでいった。
止める間もない。
別に止める必要などないのだが、奥の部屋ではサガがまだ眠っている筈だ。安眠を妨げられたときの彼の不機嫌を知っているシュラとしては、少しだけカノンが心配になったのだ。
そんな心配をよそに、カノンは部屋の中を覗くと何もせず凄い勢いで戻ってきた。顔面を蒼白にして。
それだけでなく、殴りかからんばかりの気配でシュラの襟元を掴みあげてきた。
「おい、何でサガがお前の寝台で裸で寝てるんだ」
シュラにしてみれば、黒サガが寝床を占有したうえ、寝着への着替えも面倒とばかりそのまま服を脱いで眠ってしまうのはいつもの事である。何故と言われても答えようが無い。
「いつもの事だぞ」
正直に言うと、何故かカノンの顔色がさらに白くなった。
カノンはシュラの襟元から手を離し、今度は静かに尋ねた。
「いつから寝てるんだ」
それは正確には「お前はいつからサガと寝てるんだ」の略であったが、シュラにとっては想像の外にある内容であったため、「サガはいつからあんな風に麿羯宮で寝てるんだ」と脳内変換されている。
「大分前からだが、堂々と寝に来るようになったのは聖戦後だ」
「…そうか」
カノンにしてみれば、1つしかない麿羯宮のベッドを、守護者であるシュラが使用出来ていないという事のほうが想像の外である。サガとシュラの行為の翌朝に自分が闖入したのかという躊躇といたたまれなさが相まって、怒りの勢いが多少削がれている。
「…言いたくなければ答えなくてもいいが、どっちが上なんだ」
そんな即物的な問いも、カノンからすればどうしても聞いておきたい一点であった。サガから求めたのか、シュラから求めたのか、それによって心の痛みの方向性が変わる。
だが、勿論そんなカノンの心のうちをシュラが理解するはずも無い。
シュラはシュラで勘違いしたまま、立場の話であろうと推測し、それゆえ思うところをきっぱりと述べた。
「サガが上にきまっている」
同じ黄金聖闘士という地位に戻ってはいるものの、同輩という一言では括れない特別な存在がサガだった。シュラにとって彼は元教皇であって、元偽教皇ではない。
シュラの気迫にカノンが目を見開き、それから溜息をついた。
何だか非常に落ち込んでいるように見えた。
「…久しぶりに海界から双児宮に戻ってきてみれば、サガは留守で…従者に行き先を聞けばお前の所だという。オレなんかよりお前と寝るほうが大事なのだな、サガは」
見るからに萎れているカノンを見て、シュラは首を傾げた。
「いや、サガはいつも一人で寝ているが…?」
未だにカノンの言うところの『寝る』の意味を勘違いしたままではあるが、その言葉でカノンが固まった。
「さっきお前、サガのが上だと言っていなかったか」
「当たり前だ。俺の方が後輩なのだし。先ほどから一体何だと言うのだ」
「………いや、何でもない」
己の勘違いに気づいたカノンが、蒼白だった顔を今度は赤くして口ごもっている。
ふと気づくと奥の部屋の方から、いつの間に起きたのか黒サガが何か呆れたような顔でこちらを見ていたので、シュラは彼にも丁寧な挨拶をした。
黒サガは黙って近寄ってくると、カノンとシュラの頭を撫でたので、シュラはますます訳のわからぬまま、一緒に朝食を摂るようサガとその弟を誘った。
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皆様よいお年を(^^)