いつものマニアックな方向のサガ→星矢というのか何と言うか
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座るのに丁度よい高さの岩を見つけて、サガは腰を下ろした。上を見上げると、空の代わりに海面が天蓋となって、青みがかった光が降り注いでくる。ゆらゆらと揺れる海天上を眺めるのは、地上で雲を眺め続けるのと同じくらい、気持ちが落ち着く。
そのままぼんやりとしていると、突然、元気な後輩が飛びついてきた。
「サガ!」
「…せい、や?」
思わず腰が浮きかけたのを、なんとかこらえて、サガは後輩の名を口にした。星矢は元気いっぱいの子犬のように、遊んでくれという期待に満ち溢れた目でサガを見上げる。
「珍しいな、サガがこんなにぼ~っとしてるなんて」
「全くだ…お前が声をかけてくれるまで気づかぬとは」
失態だ、とサガは苦笑し、星矢の頭を撫でた。
「何か気になることでもあったのか?」
星矢が問うと、サガは少し顔を赤くした。
「…判っているのだろう?意地が悪いぞ」
「直接聞きたいんだって」
悪意の全く感じられぬ視線に負けたのか、サガは降参の手を上げて星矢に答えた。
「星矢のことを考えていた。星矢がわたしをからかうから」
「明日のデートのことなら、からかってなんていないぞ」
星矢はむうという表情で頬を膨らませる。
「…デートではなくて、星の子学園でおこなうハロウィンイベントの準備をするための、買出しだろう?」
「そうかもしれない」
「どちらなのだ」
眉間に縦皺をつくり、少し怒ったような、困っているような、それでいて美しく気品を崩さぬ顔でサガが星矢に迫る。けれども星矢はニッと笑って躱しただけだった。
「それはサガが自分で考えることだろ?」
「カーサ!」
非難めいた目でサガが睨んだ。彼には最初からわかっていたことだが、相手は本物の星矢ではなく、この海界を統べる七将軍のひとり・リュムナデスのカーサだ。リュムナデスは相手の心を読み、心の中の大切な人間に化ける能力を持つ。
しかし、星矢に化けたカーサは、にこにこ笑うだけだった。サガがこの顔に弱い事を熟知しているのだ。言葉遣いも星矢そのままだ。
「サガがこんなに簡単に化けさせてくれるのって珍しいからさ。化けてみれば、いつもと違う姿になるし、近付くまで上の空だし、そんなに明日のデートが気になるのか?」
「デートではない。星矢は冗談めかしてそう言っただけだ」
「ふーーーーん」
カーサがサガの顔を覗き込む。カーサだと判ってはいるものの、サガからすれば、どう見ても星矢にそうされているようにしか思えない。リュムナデスに遅れをとったことは、戦士としてはたいそう不本意のはずなのに、それでもこの姿相手には怒ることが出来なかった。
星矢の顔をしたカーサが、サガにとっては太陽にも思える笑顔を見せる。
「沢山買う予定の雑貨を、無料で届けるのには…まあ、確かにサガのアナザーディメンションは便利だもんな」
「そうだ。わたしは配達係にすぎない」
きっぱりと言い返しながらも、どこかがっかりしたような声のサガを見て、とうとう星矢(に化けたカーサ)は、戦略ではなく本気で笑い出した。大体、自由に心を覗かせてくれるようでいて、コントロールした内面しか見せたがらないサガが、これだけ素を見せてくれていること自体、星矢のサガに対する影響力の凄さを物語っている。
それほど、サガにとって星矢は特別な相手なのだろう。
「いまから明日のデートの予行演習をしよっか?」
誘ってみると、サガは虚を突かれたような顔をして口をぱくぱくさせた。
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趣味全開(>ω<;)でもカーサとサガの組み合わせも好きなんだー!
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「ちょっと歯をみせてみろ」
突然アスプロスに命じられたデフテロスは、大人しく口を開けた。兄に言われたことは基本的に何でも聞く素直な弟である。理由はどうでもいいのだ。
デフテロスの口元から覗く犬歯は鋭く、アスプロスは指を差し出して、ついとそれを撫でた。
「虫歯もなく綺麗なものだが、普通の歯だな。これが白銀聖衣をも噛み砕くとは」
デフテロスは目を瞬かせた。そういえば以前、押しかけた聖闘士たちを一掃し、邪魔な聖衣の盾を噛み砕いた気がする。あのときの聖闘士たちの根性のなさには怒りが沸いたが(※デフテロスの眼鏡に適う根性の持ち主はほとんどいない)、聖衣のほうは頑張って特殊効果を発動しようとした。敵の石化だ。流石にそれはやっかいなので、遠慮なくさっくり壊し、あとは放置しておいた。アスプロスはその時のことを誰かに聞いたのだろう。
アスプロスは感心したようにデフテロスに笑いかけた。
「小宇宙を使いこなせば、破壊点は腕だろうが脚だろうが指先だろうが関係ないとはいえ、さすがに歯でという発想はなかったな。黄金聖衣をも素手で砕くお前ならば、白銀聖衣の破壊などたやすいことかもしれんが、それにしても大したものだ」
惜しみの無い賞賛を兄から向けられて、デフテロスは言葉に詰まった。どういう反応をすればいいのか迷ったのだ。差別と嫌悪の視線の中で育った彼は、褒められた経験が殆ど無い。それは黄金聖闘士となってからも変わらない。カノン島へ引っ込んでしまったため、島民からも鬼と恐れられるだけの生活だったのだ。
「…アスプロスならもっと簡単に出来る」
しばらくしたあとに返された言葉は、たどたどしい兄賛辞の言葉だった。
賛辞自体については当然のように受け入れるアスプロスも、内容については否定する。
「俺の歯はそこまで丈夫ではない」
「必要なのは小宇宙の使い方だ。歯の丈夫さは関係ない」
「そうかな」
アスプロスはデフテロスの指を手に取り、数本を咥えるようにして、かぷりと噛み付いた。
『俺の口に入るのはこの程度のものだ。ペルセウスの盾など、噛み砕く前に俺の口が裂ける…デフテロス?』
真っ赤になったまま面白いように固まっているデフテロスの耳に、アスプロスの小宇宙通信は全く届いていなかった。
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デフテロスにとってはお兄さんのほうがいつだって破壊力あるよ!
いつものクロスオーバー。海界マーブルの続き。
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見上げれば天空代わりの海面が、ゆらゆらと青みの濃い光を放っている。海界での当たり前の風景だ。
岩に腰掛けたデフテロスは、先ほどから話しかけてくるカーサを無視している。以前兄に化けて騙されたのをまだ怒っているのだ。
その兄のほうは、聖域から預かった書状を持って、ポセイドン神殿へ行っている。デフテロスは兄の戻りを待ちながら、こうして時間つぶしをしているというわけだ。
「悪かったと言ってるじゃないスか。大体あれは、アスプロスの方から持ちかけてきた話で」
「………」
「マーブル状態の精神を探るのはいい鍛錬になるってんで、頼み込んで本人の許可を貰ったのに、アスプロスの内面を覗こうとするたびにアンタに攻撃されちゃたまらないんだが」
「………」
そう、以前アスプロスへ訓練のために心を覗かせてもらうことを頼み込んだカーサは、「まず弟にその技を試しているのを見てから」という言い分を聞き入れたことがあるのだ。
アスプロスに化けたカーサのことを、疑いつつも騙されたデフテロスは、すっかりリュムナデスに対して壁を作ってしまっている。
全く無反応のデフテロスを見て、カーサは呆れたように息をつき、それから正攻法でいくことにした。あくまで『リュムナデスとして』の正攻法だ。
「デフテロス」
突如、カーサの声がアスプロスの声色に変わった。びくりとデフテロスが振り向く。
リュムナデスが兄に化ける事は想定していて、そのようなものに二度も誑かされるつもりは無いデフテロスであったが、人の心を読むことに長けたリュムナデスはその上を行った。
まだ杳馬に闇を落とされていない、子供の頃のアスプロスの姿をとったのだ。
黄金聖闘士ですらない、幼い雑兵時代の少年アスプロスが、デフテロスの顔を覗き込む。
「お前は俺のことが、嫌いなのか?」
キラキラと曇りの無い瞳、真っ直ぐで揺るぎの無い表情、全てがデフテロスの愛した兄そのものだった。
一瞬、デフテロスの表情が怒ったように歪む。
次の瞬間、デフテロスの両手が、アスプロスの細い首を締めるようにかけられた。
「貴様、殺してやる!」
だが、アスプロスはそれでも笑い、デフテロスを見つめ返している。
「お前が本当にそうしたいのなら。そして、俺を超えていくのなら」
リュムナデスの真価は、外面を写す事ではなく、内面を写すところにある。見目だけ同じ相手を倒す事については躊躇しない人間でも、中身まで最愛の者と同じ存在を倒す事は難しい。
暫くたったあと、デフテロスも首にかけた両手を離した。戦場であれば情愛を切り捨てる覚悟はあるものの、この程度の出来事で、偽者であれ兄の似姿を壊す事は、奥底のなにかが拒否した。
そのまま持ち上げられた両手の掌が、少年アスプロスの頬を包み込むように触れる。
目の前の兄の背丈は、今のデフテロスの半分もない。
(こんな小さな身体で、あの頃のアスプロスは精一杯俺を守ってくれたのだ)
カーサが具現化せずとも、デフテロスの心のなかに今でもハッキリと当時の兄の姿は思い浮かぶ。
過酷な生活環境にくわえ、差別の横行していた聖域で、生き残ることが出来たのはアスプロスのお陰だ。謙遜でも色眼鏡でもなく、本当にそうなのだ。
「…カーサ、貴様はずるい」
初めてデフテロスは海将軍の名を口にした。
「俺はアスプロスだ」
少しムッとした顔で少年が睨む。本物か偽者かという違いだけで、全てを写し取った彼が『アスプロス』なのは間違いない。
「お前を許してやる。だから、少しこのままでいさせろ」
デフテロスはそう言って、小さなアスプロスを抱きしめた。
「ほお…仲がいいのだな」
しかし、近くから聞こえてきたいつもの兄の声で、デフテロスは文字通り飛び上がった。
声をした方をむくと、仕事を終えて戻ってきたアスプロスが、白い法衣に似つかわしい輝かんばかりの笑顔でこちらを見ている。少なくともデフテロスには本当に輝いて見える。
だが、デフテロスの背中には冷や汗が流れた。
(あの笑顔は、相当怒っている…)
動揺しているデフテロスへ、アスプロスはにっこりと笑顔のまま告げる。
「闇と業にまみれた俺などよりも、その綺麗な昔の俺のほうが良いのは当然だからな。俺は聖域に帰るが、お前はゆっくりしてくればいい」
「ち、違うのだ兄さん」
他人であるカーサの目など気にする余裕もなく、間の悪さにデフテロスは泣きそうだった。
一方、カーサは冷静だった。
ちらりとアスプロスに視線を向けると、アスプロスはデフテロスに気づかれぬよう、目で僅かに笑い返す。
(ああ、やっぱりな…わざと煽ってやがる。この男は、弟が自分のことで必死になるのが嬉しいのだ)
ごちそうさまと言うべきか、闇の一滴で歪んでしまった兄を持つ弟の運命に同情するべきか。
馬に蹴られる前に、さっくり逃走すべく後ずさりを始めたカーサの脳裏へ、アスプロスからの小宇宙通信が届く。
『今度こっそり、デフテロスの子供の頃の姿になってくれ』
その場から逃げながら、同じ方法がサガとカノンに効くかどうか算段を始めたカーサも、ある意味懲りないアスプロスの同類なのだった。
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思い立ったが吉日ということで、マイスのケースを注文してみました!
大手工房さんのこれです(>▽<)!届いて使ってみて、具合が良かったら双子神用も注文してみようかなあ…
仕事で日本の熱海へ行く事になったアイオロスとサガは、年甲斐もなく浮き立っていた。サガの上機嫌は現地の温泉に起因し、アイオロスの上機嫌はサガとの出張それ自体によるものだ。
城戸家のあまり使われていない別荘の1つを、聖域側が日本拠点の1つとして借り上げ、日本で生活することの多い沙織のサポートとして、何名かの神官が送り込まれることになったのだ。黄金聖闘士二人はその引率兼護衛だ。
そんな内容の出張なので、名目は引率ではあるが、実質的に全く不要の二人である(地理は実務に長けた神官たちのほうが詳しく、黄金聖闘士の護衛の必要な地位でもない)。要はシオン公認の慰労旅行だ。
将来の教皇と教皇補佐の信頼関係を、公私共に深める為の策ともいえる。
サガとアイオロスは、早速事務官たちの用意してくれた地元の資料を眺めていた。
ふと、サガがとある観光施設名称に目を留めた。
「日本の歴史資料に触れるのも良いかもしれないな」
「あ、どこか行きたい所がある?」
アイオロスも覗き込む。そこには秘宝館の名があった。
「神代より続く聖域の神具や秘宝に比べれば歴史は浅いかも知れぬが、日本の秘宝を見ておくのも良い見聞になるのではないだろうか」
「そうだね、観光客に開放しているということは、一般人に見せても大丈夫なお宝なんだろうけど、逆にそれってお客を呼べる美術的価値もしくは資料的価値が高いものってことだよね」
盛り上がっていると、遊びに来ていた星矢が微妙な顔で口を挟んだ。
「…そこ、未成年は入れないよ」
アイオロスとサガが振り返り、首を傾げる。
「大丈夫だ、アイオロスのパスポートは27歳になっている。実際には14歳だが『死んでいなかった』ことにして当時の戸籍をそのまま利用したのだ」
「確かに蘇生された私の肉体は未成年かもしれないが、この身長で中身が成年なら…まあ日本の法律も許してくれるのではないだろうか」
「成年にしか秘宝を開放しないというのは、宗教的な意味合いか、宝物を公開する上での保全やセキュリティ的な意味合いか?」
星矢は遠い目で二人に答えた。
「道徳的な意味合いだと思うよ」
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秘宝館後に温泉入浴とか、とんだ新婚コース!
K様に拍手返信がわりのSSです(>ω<)ノ
拙宅での押し絵と旅する男バージョン!あと寝てください!
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アイオロスの足並みは心持ち早い。もともと歩くのが早い人ではあったが、行く先が双児宮というせいもあるだろう。隣を歩くオレの足も自然と速まる。射手座と山羊座が道をゆくとなれば、阻むものもいない。神官も雑兵もみな道を譲る。
そうして到着した双児宮は、人の居る気配がなかった。
空間を操る技の得意な双子座であるから、無人に思わせるのもお手の物なのかもしれない。気にせずオレとアイオロスは中へと足を踏み入れる。
どこか澱んでいるような気がするのだが、我ら黄金聖闘士12人が蘇生したのだ。守護者が暮らすようになれば、また空気も流れ出すだろう。案の定、奥の間に人の姿が見える。
「サガ」
隣で先にアイオロスが声をかけた。
しかし、帰ってきたのはそっけない返事。
「兄さんはいない、いや、居ないと言うのは正確ではないかな」
あまり生気の無い目つきで彼は振り向いた。
胸には銀細工のほどこされた、まるいお盆のようなものを抱えている。
「カノンなのか?」
オレが尋ねると、カノンはそのお盆をオレたちの前に差し出して見せた。それは鏡だった。
「サガはこの中に入ってしまった。もう一人の自分を閉じ込めるのだと言って」
鏡の中を覗き込んでも、自分の顔しか映らない。
「普通の鏡ではないか」
「お前たちには会いたくないのだろう。オレが覗き込むときは、いつでも姿を見せてくれる」
カノンは鏡を自分に向け、その鏡に笑いかけた。
「ほら、ちゃんといる」
双子座は次元を操作する事の出来る技を持つ。しかし、鏡の中に入ることが出来るとは思わない。
聖戦後に蘇生されたのは各星座につきひとりだけ。
だから、オレたちは片割れを失った双子座を案じてここへ来たのだ。
カノンは兄の不在に耐えられず、鏡の中にサガを作り出したのだろうか。
その後もオレとカノンはたわいもない会話を交わしたが、カノンは早く鏡のなかの兄と二人だけになりたがっているように見えたので、早々に双児宮を辞することにした。
しかし、カノンは蘇生できなかったとアテナはおっしゃっていたはず。
アテナでもお間違いになることがあるのだろうか。
アイオロスは空を睨んだまま、ずっと黙っている。
振り返ると、鏡を抱きかかえたカノンの髪が、暗がりに煤けて黒くなったように見えた。